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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)106号 判決 1967年9月26日

原告 高橋貞三 外二名

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和三十九年六月十八日、同庁昭和三六年審判第九七六号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告らの請求は棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和三十五年六月二十八日、「センタードライブ式耕耘機の耕耘装置」につき実用新案登録出願(昭和三五年実用新案登録願第三四、二二二号)をしたところ、昭和三十六年十一月六日拒絶査定を受けたので、同年十二月二十五日、審判の請求)昭和三六年審判第九七六号事件)をしたが、昭和三十九年六月十八日、本件審判請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年七月十六日、原告らに送達された。

二 本願考案の要旨

機体の中央に装置されたギヤケースの左右に接近せしめて、側面より見てつるはしのように先端が回動方向を向いて土中に打ちこまれ、かつ、正面より見て中間部と先端部をギヤケース側に屈折してケース側面に接近させた形式の爪を左右同時に土中に打ちこみうるよう爪軸上に隣接対設させ、この爪を放射状に任意の角をあけて二組以上配列し、しかして、その爪先端面より外側方に任意の爪を取りつけたことを特徴とするセンタードライブ式耕耘機の耕耘装置(別紙参照)。

三 本件審決の要点

本件審決は、本願考案の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、実公昭三四―三〇一号実用新案公報には「機体の中央に装置されたギヤケースの左右に接近して側面より見て略真直でその先端が回動方向側に刃を設け、かつ、正面より見て中間部とそれより先をギヤケース側に接近させた形状の爪を左右同時に土中に打ち込みうるように爪軸上に隣接して設け、その爪の先端面より外側方に任意の爪を取りつけた耕耘装置」(以下引用例という。)が記載されているところ、これを本願考案と比較するに、本願考案においては(1)引用例におけるギヤケースの左右に接近して設けた正面より見て中間部とそれより先をギヤケース側に接近させた形状の爪を、側面より見てつるはし状に湾曲した点及び(2)引用例におけるギヤケースの左右に接近せしめて設けた一対の爪を、二組以上爪軸上に配列した点において、それぞれ相違するが、右(1)の点は耕耘爪として従来周知のことであり、また、右(2)の点は、当業者の必要に応じて容易になしうべきことであるから、いずれの点にも考案の存在を認めがたく、したがつて、本願考案は、実用新案法第三条第一項第三号に該当し、これを登録することができないものである、としている。

四 本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、前項掲記(1)の点について、判断を誤つた違法がある(同(2)の点についての判断は争わない。)。

本願考案と引用例とは、ギヤケース下の未耕土を耕起するという目的においては同一であるが、引用例は、左右対称の二組の爪を各組ごとに爪をギヤケースの左右に接近せしめて爪軸上に交互に配列して成るものであり、各組の爪は、形状も、その作用効果も異なる。すなわち、引用例においては、刃先を外側に曲げた爪(耕耘刀)と刃先を内側に曲げた爪とをチエーンケースの両側において耕耘軸に交互に植設されており、まず一組の爪を同時に土中に打ち込ませ、また、他の組の爪を同時に打ち込ませ、これら各組の爪を順次交互に打ち込ませることにより、最初の組の爪によりギヤケース下を大きく耕起し、さらに他の組の爪によりこれを砕土とすることとするものであり、二組四本の爪全部の協同作用によりギヤケース下の土壌耕耘を図るものである(各組だけでは、その目的とするギヤケース下の耕耘を図りえない。)これに対し、本願考案は、第二項掲記のような構成を有することにより、次のような作用効果をもたらすものである(そのうちには、引用例が奏しうる作用効果もあるが、本願考案のように、そのすべてを奏しうるものではない。)。すなわち、本願考案は、

(イ)  ギヤケースの左右に接近して同時に土中に打ち込みうるように配設した耕耘爪がつるはし状をなし、その先端から打ち込まれるので、単に土壌を切り割るだけでなく、これを下方の耕盤より切り離して上に持ち上げ、したがつて、上下の土壊の入れ替えに必要な力を得てこれを可能にし、

(ロ)  右のように持ち上げの力を生ずるのでギヤケースに接近して対設された耕耘爪を同時に打ち込むだけで、他の形状の耕耘爪の協力なくして、よくギヤケース下方全面を耕起することができ、

(ハ)  ギヤケース左右の爪が中間より先が互に内方に接近するように屈折されているため、同時に土中に打ち込まれる左右の爪の連帯関係が増大し、あたかも三つ鍬を用いて土をすき起こすのと同様に、爪間に挾まれる土が一挙に堀り起され、その結果、強力にギヤケースの未耕土を除去することができ、

(ニ)  耕耘爪の刃先が側方に屈曲せず、回転方向を指向し、その先端の最小部から打ち込まれるので、強力に土中に打ち込みうることなり、したがつて、耕深をきわめて大きくすることができ(耕深度が一寸増すと反当り一石の増収が可能であるといわれる。)、

(ホ)  二形式の爪を交互に打ち込みその協同作用により耕耘する場合は、ギヤケース下の土を二度の打ち込みで砕土する関係上、土はギヤケース下に残した状態におかれ、このためギヤケースを大きく下降させて爪の打ち込みを余り深くすることができない欠点があるが(この方式を二段廻転耕耘という。)、本願考案は、一形式の打ち込み爪でギヤケース下の土を一挙に前方から後方に向けて掘り起し、これを後方に放擲させるため、ギヤケースを下降させることができるので、いわゆる一段廻転耕耘が可能となり、耕深を大にすることができて能率的であり、

(ヘ)  耕地が粘土質であるような場合でも、粘質土塊はギヤケース左右の爪で抱き込まれるように土塊状となつて持ち上げられ、これがギヤケース背面にぶつつけられるように作用するため、完全砕土が行われ、ギヤケースの残耕処理が適切に行われ、

(ト)  対設された一組の耕耘爪だけでは、土壌により、良好な耕耘が得られないような場合でも、二組以上設けてあるので、耕耘爪の回転と耕耘機の前進と相まつて、土壌の耕盤よりの離脱を確実にし、かつ、土壌の細小化が期待でき、

(チ)  耕耘爪を二組以上設ける場合も、左右対称形状の爪一組(二本)がその単位を形成するので、数種の爪を準備する煩がなく、その取りつけ、交換が容易であり、

(リ)  二組以上の耕耘爪を設置した場合でも、各組の爪が同一形状のものであるため、耕耘機を前進させながら耕耘爪を回動させて耕耘作業をするとき、耕耘作用は終始同一となり、したがつて、耕盤は均斉となり、一定の耕耘状態が連続的に行われ、耕耘機の各部に無理を与えず、安定して操行がはかれ、しかも耕耘作業が円滑となり、耕耘結果を終始同一とすることができる、

という多数のすぐれた作用効果を挙げることができる。本件審決は、単に耕耘爪の形状のみをとらえて前示判断をしたもので、よつて奏する作用効果、なかんづく、その目的達成の根拠と、引用例と相違する自然力利用の特性を何ら吟味しなかつたか無視したもので、明らかに事実誤認ないしは、著しい審理不尽といわざるをえない。もつとも、爪をつるはし状とし、中間部とそれより先をギヤケース側に屈折接近させた形状の爪が従来周知であつたことは争わないが、これを左右対接させ、しかも、これのみによつてギヤケース下の土壌を耕起しうるというようなことは乙第一号証にも全く示されていない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告ら主張の事実中、第一項から第三項までの事実は認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告ら主張の違法はない。

原告らが本願考案がその主張のような構造から挙げることができる作用効果として主張する点のうち、(イ)、(ロ)、(ハ)記載の事実は認めるが、その余は否認する。それらの点は、本件出願当初の明細書中に記載されていないからである。とくに、(ニ)の点は、耕耘爪の刃先の軸を中心として廻転する廻転軌跡の大小によるものであり、何ら本願考案の構造に直接関係あるものではない。たとえ本願考案の構造が新しいものであるとしても、その基本的考案が前掲引用例に記載され、従来周知に属する「側面から見てつるはし状をなし、かつ、先端を廻動方向に向け」た構造及び当業者の容易になしうべき事項を含み、これらに考案の存在が認められない以上、拒絶されるのが普通である。また、異る二種類の対称形式の爪を用いる引用例の場合と、同一形式の対称形式の爪を用いる本願考案の場合とは、その各組の爪の作用が異るのは当然であり、引用例の場合も、同一形式の対称爪だけを用いる従来の方法によれば、必然的に各組ともその作用は同一となるものである。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決が、その理由において、本願考案においては(1)耕耘爪を側面より見てつるはし状に彎曲した点及び(2)このような爪を二組以上配列した点において引用例と相違するが、(1)の点は耕耘爪として従来周知のことに属し、(2)の点は当業者の必要に応じて容易になしうべきことであり、そこに考案の存在を認めることができないから、本願考案は、実用新案法第三条第一項第三号に該当する旨説示していることは、前掲当事者に争いのない本件審決理由の要点に徴し明らかなところであるが、右説示中耕耘爪の形状に関する部分は、判断を誤つたものであり、これを前提とする本件審決は違法として取消を免かれないものといわざるをえない。以下これを詳説する。

(一)  引用例における耕耘爪の形状と作用効果

成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例における耕耘爪(耕耘刀)は、取付部より刃部を内側に曲げ、次いで刃先を外側に曲げたものと刃先を内側に曲げたものとを耕耘軸に交互に植設されており、このような構造により、従来のこの種の耕耘装置における欠点を改めたものであること、すなわち、従来の装置においては、チエーンケースの両側の耕耘刀は、いずれも刃先を内側に向けて植設してあるため、チエーンケース下方の土塊は大きく起耕される欠点があつたが、引用例においては、前記のとおり、刃先を外側に向けた耕耘刀と内側に曲げた従来型の耕耘刀とを交互に各数本植設してあるため、チエーンケース下方の砕土を小さくすることができるものであることを認めうべく、これを左右するに足る証拠はない。

(二)  本願考案における耕耘爪の形状と作用効果

成立に争いのない甲第一号証及び同第十二号証によれば、本願考案における耕耘爪は、側面より見てつるはし状に彎曲し、かつ、正面より見て中間部と先端部がギヤケースに接近するよう屈曲しており、このため、その先端が廻動方向を向いて土中に打ち込まれるように配設されていることと相まち、あたかも三つ鍬を用いて土をすき起こすと同様、強力に土中に打ち込まれ、左右近接した爪により爪間の土をも堀り起すことができる等、当事者間に争いのない原告ら主張の(イ)、(ロ)、(ハ)の作用効果を挙げうるものであることを認めうべく、これを左右するに足る証拠はない。

(三)  両者の対比

前認定の各事実を対比考量すれば、本願考案における耕耘爪は、引用例における耕耘刀と異る形状、すなわち、側面より見てつるはし状に彎曲した形状であることにより、他の構造と相まち、引用例と同様、ギヤケース下方の土壌を耕起することを目的とはしつつも、耕耘装置としての作用において、引用例とは異る独自の作用効果を挙げるものであると認めるのが相当であるから、その形状及び作用効果にこのような差異がある異上、本願考案におけるような形状の耕耘爪が本願出願前公知のことに属し(そのことは、原告らにおいても認めて争わないところである。)、したがつて、その点について考案の存在が認められないとしても、単に、そのことだけの理由で、この耕耘爪のもつ耕耘装置における技術的意義を否定し去ることは、考案を一体的に考察するの配慮を忘れ、結局、この点に関する判断を誤つたものといわざるをえない。けだし、右耕耘爪の形状が公知であることと、それが耕耘装置の一部として独特の機能を営むかどうかとは、おのずから別個のことに属することは、いうまでもないことだからである。

(むすび)

三 以上詳説したとおり、本願考案をもつて実用新案法第三条第一項第三号に該当するとした本件審判は、結局判断を誤つた違法あるものといわざるをえないから、これを理由にその取消を求める原告らの本訴請求は理由があるものということができる。よつて、これを認定することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

(別紙)

第1図<省略>

第2図<省略>

第3図<省略>

第4図<省略>

本願実用新案の耕耘装置を装備した耕耘機の側面図、同要部の爪配列正面図、土中に打ち込まれる時におけ爪の状態の展開説明図および爪の拡大側面図

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